• Kaleialoha

フラダンサーへ:振りを覚えた後こそが、フラの始まり





先日、たまたまTVで見たのは、

名高いオーケストラの楽団のドキュメンタリー。


海外のマエストロ(音楽家の巨匠)を招いての

コンサート。

そのコンサートまでの日々の映像が放映されていたの。


初日に楽団とマエストロの顔合わせ。

偉大なるマエストロを目の前にして

楽員の皆さんの緊張と興奮が画面から伝わってくる。


そして、すぐに最初のリハが行われたの。

でも、ほんの少しでマエストロの手が止まりました。


そして、一言。

それぞれの音に私の心が響かないと。

楽譜だけで音色を出してはいけないと。。。


オーケストラの楽員の方々は

勿論皆プロフェッショナル。

楽譜通りに音を出し、その美しい音色を奏でる。


そして、マエストロは、

その答えは私には分からない。

なぜなら、その答えは、あなた一人一人が持っているもの。

それをどうぞコンサートまでに引き出して、

私に見せてください。と言っていた。


それを見ながら、フラも同じだなって。

モーションをしっかりと覚え、正確にタイミングも

角度も、全て完璧に踊る事も勿論大切だけど、

それ以上に大切な事がフラにある。


勿論、フラには色々な形が合っていいと思う。

ハワイアンソングに合わせて、

身体を動かすだけでも楽しいと思えるフラも大切だし、必要。


でも、長くフラをやってきているダンサーは

少しづつ変化を感じてきていると思うの。


最初の頃は、振りを覚えて出来る事に喜びを感じ、

踊る事の楽しさを感じ、そしてもっともっとフラを知りたくなり、

学びたくなり、迷い、苦しみながら。発見や教えを得て

進んでいきたいと思う様になっていく。


それは、とても自然な事。

でも、大きな壁がそこにはだかる。

要するに楽譜通りに奏でる楽員さん達に

突きつけられた疑問と同じ状態。


モーションを教えられた様に踊る事が出来る。

そして、その次に進むべきものには

答えや見本は無く、自分で見つけ出さなければいけないものであり、

それを見つける為に何が必要か、何をするべきかを考え悩む。


それがまさに、コンサート前の楽員さん達。。



ある楽員の方は、多くの書物を読みなおし、

その曲の歴史や背景を調べなおしていた。

1つのグループは、練習後に話し合いを持ち

それぞれの意見やアドバイス、コミュニケーションを持ち

心を通わせていた。


ある楽員さんは指の使い方を駆使して音の出方を研究しながら

練習していた。


それぞれのやり方で与えられた課題に向かっている姿。


コンサートまでの日は浅いけれど、

次のリハでは素人の私が聞いてもわかるくらい明らかに

違いがあった。


同じ曲でも意識の違い、またそれぞれの努力の違いで

こんなにも変わるんだという事。


そして、コンサート当日。

その演奏は、私の心に響きました。


同じ曲、でも、皆さんの顔立ちに現れている様に

真っすぐ突き刺さる様な力強さと柔らかく包み込む空間がそこにあったのです。


多くの観客も心を動かされ、長い間拍手が止まらない状態。

私も思わず、同じようにスタンディングオベーション


ドキュメンタリーはそこで終わりました。


最後にマエストロのコメントがあるかなと期待したけれど、

そこは無かったの。

それは、きっとそれが合っているか合っていないかの

答えは、マエストロが決めるものではないからだね。



フラは、モーションを覚えてからがフラの始まり。

そこからそのモーションをどう踊りこなしていくかは、

ダンサー次第。


そして、その答えもダンサー自身が見つけていくという、

とても険しい道でもあるのです。


そう、Hi'iakaの旅がHulaの旅と例えられる様に

時にMo'oと戦い、時に険しい山を登っていく。


是非、振りを覚えたらそこでフラが終わりではなく

心に響くフラを目指して

次に進んでいって欲しいなぁと思います。



長くなりましたが、

最後まで読んでくれてありがとうございました。