My Dance History 15



フラを初めて来年で30年。

私は幼い頃から踊りをしていたので

踊り始めてからは今年で46年(笑)

自分の人生の中で踊るという事がほぼほぼ占めている。

30年を目の前にして、私のDance History を

気ままに書いてみようと思う・・ 

⑭を読まれていない方は、こちらから先にどうぞ。

⑭ニューヨークへ



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⑮ダンスユニット結成



ニューヨークから戻った私は、再び学校、

夜のレッスンとバイトの生活になります。

寝る時間はほとんどない。。。

若いってすごいなぁ~と思う今の私・・


ニューヨークのマサーグラハムの舞台、

そして

スタジオでのレッスンでかなりの刺激を受け、

日本公演も見に行ったり、

神楽坂にあるモダンダンスのスタジオに

通い始めるようになっていました。


そして、渋谷のスタジオでは、

先輩ダンサー達に可愛がってもらい、

ダンスユニットを結成。

少しずつ、

ダンスの仕事を頂けるようになります。


ある時に、六本木のステージで、

演劇の舞台があり、

その前座での時間をもらいました。


そこにその当時ほとんどのヒット曲を

手掛けていた有名プロデューサーと

彼の歌を歌う有名歌手が

見に来るという事でした。


ダンスブームでもあった時代、

先輩から次の仕事をもらう為の

チャンスだからと言われ、

練習を重ね、

先輩達と共に舞台へ立ちます。


ステージに充てられたスポットライト。

観客は、まだまばら。

なんせ前座ですから(笑)


しかし、

薄暗い客席に、

そのプロデューサーと歌手が登場します。


あっという間の時間。


スポットライトが暗転後、

演劇を見に来た観客で客席は一杯になり、

メインの舞台が始まります。


演劇が始まる前に、

有名プロヂューサーと歌手は退場たそうです。


本当に、私達の前座を

見に来てくれたんだと

先輩から聞かされました。


ただ、その後

連絡はなかったとの事。


こういう世界。

同じようなレベル、

いや、もっと凄い人たちが

山ほどいる世界。


その中に私達はいる。

目の前に来る仕事をとりあえずこなして

実績を積む、それが今の私達。


学校も2年になる頃から、

クラスが半分くらいに減っていきました。

入って来たチャンスをものにしたいと思って辞める人、

ダンスの道を諦めたからという人、色々。


私はとりあえず卒業はしたいと思い、

学校を続けながら、

入ってくるダンスの仕事をこなします。


TVや舞台の仕事も

少しづつもらえる様になってきた頃、

今でも、笑ってしまうような

忘れられない仕事もありました。


次回にそのお話を

書いておきたいと思います(笑)





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