My Dance History 23



フラを初めて来年で30年。

私は幼い頃から踊りをしていたので

踊り始めてからは今年で46年(笑)

自分の人生の中で踊るという事がほぼほぼ占めている。

30年を目の前にして、私のDance History を

気ままに書いてみようと思う・・ 


㉒を読まれていない方は、こちらから先にどうぞ。

㉒初めてのハワイ旅


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㉓幻の競技会


インストラクター生活も3年が過ぎ、

4年目に入った頃、上司から、

1年後のエアロの競技会に出てみない?と話がありました。


スタジオでは、過去にも多くの先輩方が競技会に出ていて

そして、その年も、この大きな大会で

男女ペアでの部門で優勝した先輩達。


競技会での好成績によって

スタジオはとても賑わっていました。


競技会には、

先輩達のお手伝いや応援で見に行ってはいたものの、

私には無理だと思っていました。


何が一番無理だと思ったのは、

あの爽やかな笑顔です(笑)


ある日、フロントのシフトに入っている時に、

ペアで優勝した先輩のレッスンと重なり、

少し先輩と話す時間が出来ました。


同じ出身だったという事もあり、

いつも気にかけてくれて

今回の話も先輩に相談しました。


先輩は、自分の可能性を信じて

やってみたらいいと思うと言ってくれたのです。


その言葉を胸に、競技会への挑戦を決意します。


グループ部門での挑戦という事で、

私と、私の後に入った後輩の2人でのトリオ。


私の後の養成コースから選出された2人は、

後輩と言えど、

有名体育大卒なので、

年齢は私よりお姉さん達。


仕事の合間に身体作り、そして、

3人での練習が始まります。


私についてくれたトレーナーは、

私の薄っぺらい上半身に

どう厚みを出していくか

試行錯誤していました。


ダンス上りの私の身体は、

他の2人より弱々しいのです。


そんな中、スタジオに大きな話が来ました。

某TV局の体操番組です。

短期の契約の仕事でしたが

若者トリオ(笑)を売り出すチャンス

として与えられました。


この体操番組の為に

3人のスケジュールは調整され、

気持ちも身体も整った頃、

上司に呼ばれました。


上司から最初に出た言葉は、

”申し訳ない!”でした。

一瞬何のことか、分からなかった。


その後。。

あなただけ、

TV局から許可が出なかったと。


その理由は、

体育大卒でないから 

という事でした。


私はこの上司から

(いや、スタジオのすべてのスタッフと言っていいけれど)

入社した頃から、助けられ、励まされてきたので、

彼女がきっと根気よく説得しようと試みてくれた事は

分かっていました。


だから、私は一言、

これから、どうしたらよいですか?と

聞きました。


上司は、悲しそうな顔で、

本当に申し訳ないけれど、

後輩の1人を代わりに行かせるので、

競技会もその3人にすると。


後輩1人は、

更に私より3期後に選出された彼女。


私は、

それが良いと思います

というのが、精一杯でした。


そして、空けてしまったスケジュールを

埋めるかのように、

私のダンスのクラスが始まります。


この上司からの

最大の私への優しさ。



でも、その優しさを感じる以前に、

試合も出来ずに負けてしまった様な

悔しさで一杯になりました。


下手くそだから。。。

あなたに合っていないから。

そういう理由で受け入れられない方が、

よっぽど次に進める。


次に頑張ろうって思える。


学歴が理由というのは、

思いもよらなかった結果で、

自分で

どう消化していいのか

分からなくなっていきました。



レッスンを受講してくれる生徒さんの為にも

一生懸命レッスンをやろうと

心を奮い立たせていても、

ダンスをやれる時間も出来たのに

まだ、20歳前半の私の心は、

どんどん沈んでいくのです。


© Kaleialohapoinaole 2020