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  • 執筆者の写真Kaleialoha

ハワイの文化-Pau Riding のお話



毎年6月のKamehameha Dayに

行われるフローラルパレード。

そして、9月のホノルル フェスティバルでの

パレード。


ハワイの島々のそれぞれの色の鮮やかで足元まで

隠れるスカート。

島々の花々、そして、笑顔の美しい女性騎手。

その女性騎手の事を

Pau Riderと言います。


Pauは、正式には Pāʻū

フラダンサーには 欠かせないパウスカートと

同じ意味です。


今日は、少しそのお話。

西暦1400年頃から1800年頃の

古代のハワイの乗り物と言えばカヌー。

しかし、陸路の移動は

伝統的なトレイルを徒歩で移動するしかありません。


1803年には、

カメハメハ大王への贈り物として

初めて アメリカ本土から 

3頭の馬がハワイへやってきます。


その後、1820年から30年にかけては 

より多くの馬がカリフォルニアから輸入され、

1840年頃になると輸送用として、

輸入された馬が使用される様になります。


多くの王室の貴族達の歴史でも残されている様に

19世紀半ばまでには 移動手段として、そして、

娯楽としても乗馬は浸透し、

熱狂的で熟練した馬術家になって行きます。

さて、このPāʻūという名前と乗馬と

どの様な関係があるかというと。


まず、古代ハワイアンの女性は、

木の皮を叩き 長方形の布にしたKapaを

身体に巻き付けただけのPāʻūを履いていました。

王室は、胸の下から、

そして

一般の人々はウエストから膝上の長さだったそうです。


馬での移動が一般的になった時代には、

既に西洋のファッションに移行していましたが、

ハワイアンの女性達は、

サイドサドル(横向きでの乗馬)では 無く、

馬にまたがって乗馬をするを好んでいた為

女性がまたがって乗る姿を美しく見せる為でもあり、

パーティーなどでのドレスが汚れない様にする為に

ドレスの上から 伝統的なPāʻūの長さをもっと長くして

保護カバーとして用いられたそうです。


長さ12ヤードもある1枚の布地。 あぶみ(足を引っかけるもの)を

越えて地面に流れるように

ライダーの周りに巻き付けられていました。


勿論、ボタンやピンなどの留め具などはない時代。

ククイナッツなど 自然の物を使用したり。


縛り方やねじり方がが工夫され、

それらは家族の伝統によって色々な方法があったそうです。

1875年のある記事によると

陽気で気品のある女性騎手達が 

警察を恐れずに全速力で通りすぎます。

オレンジ色と灰色の乗馬ドレスが馬の尾を超えて両側に流れ、

明るい閃光を放っていました。

美しい顔立ちに白い歯、

輝く髪に色とりどりのLeiで人々を引き付けている。と。



1900 年代初頭までに自動車が登場し、

すぐに馬の必要性と使用が減少しました。

その後、女性グループが文化を維持する為にPāʻū クラブが結成され

ハワイの大切なイベントなどで

古代ハワイアンを蘇らせてくれる

無くてはならないグループとなりました。


現在もオアフ島にいくつかのクラブが残されています。


私の友人もあるクラブに所属していて、

彼女のおばあさんから引き継がれてた3代目のPau rider。

カメハメハデー、アロハウィーク、そして、

メインランドでのローズパレードに参加したりしています。

そんな彼女が練習する

牧場を訪れてきました。


人間と動物。

心が通じ合うという事の素晴らしさを感じながら、

これからもハワイの文化を継承する彼女を

応援しています。


知れば知るほど楽しくなるハワイの事。


まだまだ書きたい事がありますが、

今日はこの辺で。


Have a nice weekend❤


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